2010.07.25

小江戸のまちに大正浪漫
 川越の大正建築見て歩き

川越商工会議所(昭和2年築)=連雀町で
川越商工会議所(昭和2年築)=連雀町で
山吉ビル(昭和11年築)と田中屋美術館(大正4年築)=幸町で
山吉ビル(写真右・昭和11年築)と田中屋美術館(左隣・大正4年築)=幸町で
長屋造りの看板建築(昭和初期築)=幸町で
長屋造りの看板建築(昭和初期築)=幸町で
和菓子「いせや」(右)、シマノコーヒー大正館(左隣・昭和8年築)などが軒を連ねる=連雀町で
和菓子「いせや」(右)、シマノコーヒー大正館(左隣・昭和8年築)などが軒を連ねる=連雀町で
左から伊勢亀本店、小川菊(大正13年築)、伊勢源(明治末築)など、明治から昭和初期の建築が残る大正浪漫夢通りを散策する参加者=連雀町で
左から伊勢亀本店、小川菊(大正13〜14年築)、伊勢源(明治末築)など、明治から昭和初期の建築が残る大正浪漫夢通りを散策する参加者=連雀町で

城下町・川越に残る大正浪漫
 「小江戸」と呼ばれ、江戸時代や明治に再建された蔵造りが有名な川越。そんな城下町・川越に残る大正建築を散策する催し「川越の大正建築見て歩き」が25日に開かれ、現存する伝統的建築物の内部などが公開されました。
 これは、川越市立美術館(荻原秀介館長)が現在開催中の竹久夢二展の関連イベント。市内には、夢二の作品が一世を風靡(ふうび)した明治〜大正〜昭和初期の「大正浪漫(ろまん)期」をしのばせる建物が数多く残されており、絵画鑑賞に併せて楽しんでもらおうと企画したものです。

竹久夢二展で学芸員・折井貴恵さん(右)の説明を聞く参加者
竹久夢二展で学芸員・折井貴恵さん(右)の説明を聞く参加者
挨拶する羽生修二教授
挨拶する羽生修二教授
川越の伝統建築知る
羽生教授が解説案内
 参加したのは、事前に申し込んだ先着21人の市民ら。
 午前10時半から美術館で夢二の作品を鑑賞。学芸員の折井貴恵さんから、作品や遺品など約160点について解説を受けながら見て回りました。
 午後からの「大正建築見て歩き」は、市文化財保護審議委員の羽生修二・東海大教授が案内役。羽生教授は1981年から約15年間にわたり、蔵造りなど川越の歴史的建造物の調査・研究に携わるなど、伝統建築については"生き字引"的存在で、保存や改築指導などにも尽力しています。

蔵のまち川越のもう一つのシンボル「旧・八十五銀行本店」を見学=幸町で
蔵のまち川越のもう一つのシンボル「旧・八十五銀行本店」を見学=幸町で
羽生教授(左から2人目)から歴史的建築物の説明を聞く参加者ら=幸町で
羽生教授(左から2人目)から歴史的建築物の説明を聞く参加者ら=幸町で
西洋建築の先駆者
保岡勝也氏が設計
 この日も市内は最高気温35℃を超す猛暑日。参加者は帽子や水筒、木陰などで暑さを防ぎながらの散策となりました。
 一番街では、大正7(1918)年建築の埼玉りそな銀行川越支店(旧・八十五銀行本店)を見学。東京・丸の内の赤レンガ街の建築で知られる保岡勝也氏が設計した、ネオルネサンス様式や古典様式などが交じった洋風建築で、県内で初めて国の登録有形文化財に指定されています。
 続いて道路反対側の山吉ビル(昭和11年築)と田中屋美術館(大正4年築)を見学。山吉ビルは県内初のデパートとして保岡勝也氏によって造られ、その後キャバレーに使われるなどした後に改装されて今に至っています。隣の田中屋美術館ともども、ギリシャ神殿風の円柱や大きな3連窓・ステンドグラスなど、さまざまな様式を織り交ぜて左官が土で施工したという独特の建物になっています。 

亀屋5代目当主・山崎嘉七氏の隠居所として大正13年、保岡勝也氏が設計した旧・山崎家別邸=松江町で
亀屋5代目当主・山崎嘉七氏の隠居所として大正13年、保岡勝也氏が設計した旧・山崎家別邸=松江町で
洋風建築だがステンドグラスがはまった階段の脇は本格的な土蔵
洋風建築だがステンドグラスがはまった階段の脇は本格的な土蔵
分厚い鉄扉を開くと、内部は2階建ての土蔵になっている
分厚い鉄扉を開くと、内部は2階建ての土蔵になっている
玄関脇の応接間はバルコニーに通じるモダンでシックな洋間仕立て
玄関脇の応接間はバルコニーに通じるモダンでシックな洋間仕立て
旧・山崎家別邸の屋敷内
解説付きで見学の機会
 松江町では、和菓子の老舗「亀屋」の5代目当主・山崎嘉七氏の隠居所として、保岡勝也氏が大正13(1924)年に建てた旧・山崎家別邸を見学。現在は市指定文化財で川越市が管理しており、庭や茶室などが年数回公開されるのみで、屋敷の内部を見て回れるのは滅多にない機会。
 玄関周りは木造モルタル仕上げの洋館に仕上がっており、玄関脇の応接間はバルコニーにつながるシックでモダンな洋間。階段にはステンドグラスがはめられていますが、その脇は分厚い鉄扉に守られたコンクリート製の土蔵になっています。また生活空間は和室で、庭には本格的な茶室も設けられているなど大正時代の屋敷特有の和洋折衷様式となっています。

その名も「大正浪漫夢通り」
 連雀町の「大正浪漫夢通り」では、昭和2年建築の川越商工会議所(旧・武州銀行川越支店、登録有形文化財)や明治末期に建てられた酒屋「伊勢源」(市都市景観重要建築物)、大正13〜14年に建てられた鰻の老舗「小川菊」などを見て回りました。
 かつて「銀座通り」と呼ばれたこの商店街は、再開発でアーケードが取り払われたもの。新旧の建物が混在していることから現在の呼び名に違和感もありますが、羽生教授によれば「大正浪漫という言葉には明確な定義がなく、明治から大正・昭和初期に移る時代の急激な社会の変化に伴う和洋折衷の文化全体を指すことも多い」といい、新しく建てられる店舗も大正時代の現存建築を模した様式にするなど、まちを挙げての努力が続けられています。

マンション建設の難を逃れ、市指定文化財として残された旧・川越織物市場(明治43年築)=松江町で
マンション建設の難を逃れ、市指定文化財として残された旧・川越織物市場(明治43年築)=松江町で
太陽軒(昭和4年築)の外観=元町で
洋食の老舗「太陽軒」(昭和4年築)の外観=元町で
昭和初期の状態を再現・改装された太陽軒の店内=元町で
昭和初期の状態を再現・改装された太陽軒の店内=元町で
全国で唯一残る木造織物市場跡
 大正浪漫夢通りを後にした参加者らは、交差する立門前通りへと歩いて旧・川越織物市場へ。かつてマンション建築で取り壊される危機に瀕したのを地域住民らが結束して守った貴重な歴史遺産で、市の指定文化財。明治43(1910)年に建てられ、木造の織物市場跡としては全国に唯一残るものとされています。


店内も大正浪漫そのままに
 最後には大正11年創業の老舗洋食店「太陽軒」を見学。現在の建物は昭和4年ごろの店舗を改修したもので、円形の入口やステンドグラス・調度に至るまで当時の洋風モダン建築の様子が慎重に残されており、国の登録有形文化財に指定されています。

「時代と生活の流れ、よく分かった」
 「見て歩き」の終盤、一天にわかにかき曇って土砂降りに。参加者らは喫茶店で雨宿りしながら、互いにこの日見て回った歴史建築の感想などを話し合っていました。
 鶴ヶ島図書館でパンフレットを見て参加したという、日高市の服部さん夫妻は「川越にはよく来ますが、こうした伝統建築の中まで見学するのは初めて。自分たちが生きているより前の時代の生活が、どう今に流れてきているのかがよく分かって面白かった」と話していました。
(写真は郭町の市立美術館〜幸町〜松江町〜連雀町〜元町で)

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