2009.07.12
住民一体で村祭りを伝承
鯨井の天王祭で町内練り万作踊り
町の北を囲むように流れる小畔川で清めの巡行 |
鯨井の夏祭り「天王様」が12日に行われ、獅子頭や水引を担いだ住民らが町内を練り、家々に立ち寄って無病息災や五穀豊穣を願い、万作踊りや下妻踊りなどを披露しました。
「鯨井の万作」として知られるこの祭りは、1862(文久2)年のころ村を襲った疫病を祓おうと、近くを流れる小畔川の岸辺にあったエゾ松の根を使い、1864(元治元)年に村に停泊していた越後の彫刻家・小林斎能山正信に頼んで獅子頭を作ったのが始まりとされています。
以来、獅子頭は村の守り神である八坂神社にご神体として納められていますが、年に1度の祭り「天王様」には鯨井万作保存会(中野洸司会長・約60人)のメンバーや住民らが担いで町内を練り歩きます。
かつては米俵1俵分(約60kg)あったという獅子頭は3年前に大規模な修復を受け、現在は約47kgとか。
道中2カ所で笹を使い水引を干し上げて鼓舞 |
五穀豊穣を祈る「万作踊り」は、明治の初めに鯨井の真仁田市平さんが村人らに指導したのが始まりとされ、昭和30年代に後継者不足などから一時中断されましたが、1974(昭和49)年に万作手踊り保存会の発足と同時に再開。1980(昭和55)年には市の無形民俗文化財に指定されています。
獅子頭と共に担がれる水引は、暦の九星色にちなみ1反(約10m)の布9色を麻縄で紡ぎ合わせたもので、子孫繁栄や村の発展を願ったもの。町内の女性らによって毎年作り替えられており、祭りに用いた水引の端切れを使ったものを妊婦が着ると安産になると言い伝えられています。
もてなされた家の玄関に獅子頭を供え、子どもたちがベテランと一緒に万作踊り |
天王様(獅子頭)と水引は、祭典長の賀山勉さん(55)や神官役の間下福二さん(68)が先導し、午前10時すぎに八坂神社を出発。
獅子頭は交代で2人が担ぎ、2人が後ろで支えながら水引を担ぐ約30人と共に鯨井地内を練り、辻に立つ人たちの頭をかんで厄を祓い、家々の玄関先で家内安全や繁栄を祈って回り、庭先で万作踊りや下妻踊りを披露しました。
47kgの獅子頭を担いで練る小川諒一君・健司君兄弟 |
途中、大人2人でも担ぐのが大変な獅子頭を、上戸小3年の小川諒一君と5年の健司君が「僕たちも担いでみたい」と言いだし、約50mにわたり見事に大役を果たす場面も。
これにはベテランも「これまで無かったこと。子どもたちが進んで伝統を受け継いでくれるのはうれしい」と喜んでいました。
祭りのクライマックスは、小畔川の中を歩いて水を掛けながら獅子頭や水引などを清める儀式。町中を巡行した後とあって、担ぎ手らの疲労もピークに。体力を振り絞りながら金堀橋から八幡橋まで約500mを歩き、最後には獅子頭に乗った女性を担ぎ上げて皆の喝采を浴びていました。
手作りの食事や飲み物で天王様の一行をもてなすお母さんら |

伝統の下妻音頭を歌う新井敏夫さん |
天王祭は各地で行われていますが、鯨井の「天王様」の大きな特徴は、住民が一体となって行われていること。子どもからお年寄りまで男も女も皆が力を合わせ、町を挙げて村祭りを盛り上げ伝統を守っている貴重な例と言えます。
獅子頭や水引を交代で担いで歩くのも大変ですが、お囃子や踊り手、行列の人らの休憩所として迎え酒や飲み物・食事を用意して振る舞う人など、いずれが欠けてもこれだけの祭りを支えることは困難。
ベテランの手本を見ながら一生懸命踊る大勢の子どもたち、ご近所総出でおにぎりや焼きそば・唐揚げや焼き鳥などを準備するお母さんたち、資金面で応援する人たちなど、これだけ大勢の住民が力を合わせて初めて「まちおこし」ができるということを改めて教えてくれます。
(写真は鯨井地内で)
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